この記事では現代政治学の祖ウォーラスについてわかりやすく解説します。
現代政治学の祖ウォーラス
ウォーラスは『政治における人間性』という本を書いています。
この本は1908年に出ています。
ここから現代の政治学がスタートしたと言われています。
⇒政治における人間性(名著翻訳叢書)【電子書籍】[ ウォーラス,グレーアム ]
ウォーラスが書いた『政治における人間性』の『人間性』とは
政治における人間の本能とか性向という意味です。
それからウォーラスは現代政治学の祖です。
つまり現代政治学はウォーラスからスタートしたということです。
ウォーラスは非合理性に着目していくのですが、
彼の著書『政治における人間性』の中で『主知主義批判(しゅちしゅぎ)』という言葉が登場します。
主知主義とは何か?というと人間は合理的な判断ができるという考え方のことです。
「誰しも自分が損をするような判断はしない。
だから合理的な判断ができるよ」
そういう前提で以前までの政治理論は考えられていました。
ですが、現代政治学の祖であるウォーラスは主知主義批判をして
人間の非合理性に着目していきます。
今までの政治理論というのは
理性的な人々が話しあったら結論に達するってわけです。
でもウォーラスに言わせると「そんな呑気な物じゃないよ」ってことです。
非合理的な人間が話し合っていく。
そういう人たちが政治の場面に出てくるということです。
あるいは操作されやすい人たちです。
合理的な判断なんてできない。
財産も教養もない人たちが政治にかかわってきたということです。
くどいようですが、
ウォーラスは『人間の非合理性』に着目していきます。
まだウォーラスは希望を持っていました。
どうして非合理的なのか?ということを
人間に教えてあげればなんとかなるんじゃないの?って。
政治教育って言葉がありますが、
ある程度教育すれば人は賢くなるという前提が
ウォーラスにはありました。
賢くなるという前提がないと教育なんてする意味がありませんからね。
たとえば、100時間、1000時間数学を教えても
中学校3年生で習う因数分解ができないのが分かっている人に
果敢にもあなたは因数分解を頑張って教えてあげますか?
さすがに教えないですよね。
時間の無駄ですから。
逆に1時間でも100時間でも時間をかけて教えてあげれば
因数分解ができるようになる人にだったら
頑張って教えてあげようって気になるかもしれませんよね。
そういうことですよ。
話を元に戻します。
ウォーラスは政治教育をしてあげることで
人間の非合理性を克服しようと思ったわけです。
勉強させればちょっとばかしマシになるんじゃないか?
って希望を持っていたわけです。
ウーン。ウォーラスさん、ちょっと上から目線の物の考え方ですね。
でもですね。
あなたはウォーラスのことを上から目線だと考えるかもしれませんが、
これでもまだマシな考え方ですよ。
なぜなら勉強させれば少しはマシになるんじゃないか?
って希望を持っていたのはウォーラスまでです。
ウォーラス以降の政治理論家の人たちは大衆に期待していません。
大衆に政治の教育をしても
モノにならないって思ってたってことです。
ある意味、ウォーラス以降の政治理論家の人たちは
完全に大衆のことを見下していたのかもしれませんね。
ちょっと悲しい気持ちになってきますよ。
そう考えるとウォーラスは大衆に少しの期待をしているだけ、
ちょっとはマシな人かもしれません。
話を元に戻します。
ウォーラスは大衆に期待しているけど、
それ以降の人は期待していない。
ここが分かれ道になるんですよ。
あなたが民主主義者か民主主義者じゃないかの違いが
何か?というと、政治教育をしたらマシになると思う人は民主主義者です。
少し教えてあげればなんとかなるって考えられるのであれば民主主義者です。
ですが、政治教育なんて慕って無理だ。
初めから能力のあるやつとないやつがいるんだ。
ダメな奴に教えてもダメなんだってなったらどうなるか?
というとエリート主義者になるのです。
そういった意味で、民主主義者かエリート主義者かのどちらかだけです。
で、ウォーラスはギリギリ民主主義者だったってことですね。
ウォーラスの主張する政治的実在とは?
政治的実在とは言葉です。
シンボルということもあります。
政治的実在というのは言葉であったり
イメージであったりするのですが、
たとえば「アベノミクス」という言葉を知っていると思います。
アベノミクスがうまくいけば
本当に私たちはよくなるかのように思っています。
でも本当によくなるかわかりません。
岸田ぁ!
頼む!減税してくれ!
遂にアベノミクスの目標、名目GDP600兆円超えたぞ!
日本経済が大復活する目前まで来てるぞ!
トヨタも過去最高益、JALも大復活だ!
たぶん来年さらに景気上昇するかどうかが鍵だ!
新NISAは確かに実質減税なんだけど、… https://t.co/lsTR4u15z8— 闇のクマさん世界のネットニュース (@CYXuAxfGlfFzZCT) August 1, 2023
ただアベノミクスが良くなると思っていた時に
アベノミクスという言葉が独り歩きしていくことによって
なんとなく安倍政権がやっていることを良く思ったりするわけです。
あるいは旧民主党が政権交代すればなんとかなるということで
昔、選挙で勝ったことがありました。
でも実際、なんともなっていません。
でも政権交代という言葉が独り歩きしたということです。
政権交代して民主党政権に期待してた我々みてぇな現状になってるTwitter
— ドクダミン (@mistbaan) July 30, 2023
もっと俗な例を出しましょうか。
言葉があることによって私たちは何かイメージをしてしまいます。
そのイメージが現実を正しく見させないっていうことです。
どういうことか?というと
子供のころに「虫歯ができるから歯を磨きなさい」って言われたことがあると思います。
きっと子供のころのあなたは歯の中に虫がいて
歯を食べているイメージを抱いた人がいると思います。
それは虫歯という言葉に問題があるわけです。
実際に歯の中に虫がいて歯をガリガリ食べているわけではありませんね。
でも虫歯という言葉からちっちゃい子供は歯の中に虫がいて
歯を食べているように思ってしまうわけです。
それは虫歯という言葉だから
そんなに罪はありません。
だってある意味虫歯という言葉で子供を怖がらせても
一生懸命歯磨きをしてくれたら
結果、よいわけですからね。
歯磨きをしないより歯磨きをした方が歯の健康につながることはいうまでもありません。
私は獣医師ですが、犬だって歯磨きをさせた方が歯の健康につながるのは事実です。
⇒プロフィールと当ブログを作ることになったきっかけ
でも「政治の場面でいい言葉を使われてしまったら
イメージだけが先行してしまい、
現実で物を見ることができなくなってしまいますよ」
という意味での政治的実在というのは言葉のことです。
言葉、シンボルは現実の認識を阻んでいるということです。
それを問題にしたのがウォーラスでした。
今回の記事は以上になります。