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一般知識

ハイデガーの世界内存在と死への存在の意味についてわかりやすく解説

ハイデガー 世界内存在 死への存在




実存主義には

・有神論的実存主義
・無神論的実存主義

に分かれます。
実存主義とは?わかりやすく解説

有神論的実存主義で有名なのはヤスパース、キルケゴールです。
ヤスパースの限界状況と実存的交わりについてわかりやすく解説
実存主義の先駆者キルケゴールについてわかりやすく解説

そして前回、無神論的実存主義で有名なニーチェについて解説しました。
ニーチェのニヒリズム・権力への意志・神は死んだの意味とは?わかりやすく解説

今回の記事は無神論的実存主義で有名なハイデガーについて解説します。
具体的にはハイデガーの世界内存在と死への存在の意味についてわかりやすく解説したいと思います。

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ハイデガーの世界内存在とは?

ハイデガーは人間のことを『現存在』と表現しています。
『現存在』はドイツ語で『Dasein(ダーザイン)』といいます。

Daseinの

・Da(ダー)は『そこに』
・sein(ザイン)は『ある』

を意味します。

なので、『現存在=そこにあるもの』として
人間を捉えます。

では『そこにある』とはどこにあるのでしょう?
世界の中にあります。
以上のことからハイデガーは人間のことを『世界内存在』と表現します。

どういうことか?というと
人間は気がついたら世界における様々な物、事、人と連関して生きていると考えます。
そういう連関を抜きにして人間の存在というものを
考えようとしてもそれは無理だということが
ハイデガーの『世界内存在』という言葉に込められています。

だから人間というのは世界の中にだ投げ出されて
そこにおける様々な物、事、人と連関しながら生きているってこと。
そういう今までの様々な物、事、人との連関を抜きにして
人間の存在というものをピュアに考えようなんていわれても
そんなことは無理だということです。

こんな形で世界の中に投げ出されてあるというのが人間のあり方だということです。
こういう人間観が20世紀の思想に非常に大きな影響を与えました。

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ハイデガーの死への存在とは?

人間と他の動物の大きな違いはどこにあるか?
これについてハイデガーが出した答えは以下の通りです。
人間は自分がいつか死ぬということがわかっている。
これに対して、他の動物は自分がいつか死ぬということがまったくわかっていない。
これがハイデガーによる人間と他の動物の大きな違いです。

私は獣医師として犬猫の診察をしていますが、
犬とか猫はおそらく自分がいつか死ぬということをわかっていないと思います。
プロフィールと当ブログを作ることになったきっかけ

これに対して人間は誰でも自分がいつか死ぬということが
折り込み済みでわかっているわけです。

ということで誰もがハイデガーに言わせると
人間は自分が『死への存在』であることがわかっている。
つまり死に向かって確実に一歩一歩進んでいる。
こういうあり方をしているのが人間だということです。

ですがハイデガーに言わせると
私たちは『死への存在』だということから目をそらして
うわさ話や気晴らしを求めて暮らしている。
こういう人間のことをハイデガーは堕落している人間と考えて
『ひと(ダス・マン)』といいます。

ダス・マンはドイツ語ですが英語に直すと「The man」つまり『ただの人』
という意味です。

こういう『ひと』の状態から抜け出すというものが
ハイデガーが主張する『真の実存の完成』になります。
このことを『本来的な事故を取り戻す』といったりします。

ではどうすれば本来的な自己が取り戻せるのでしょう?
『死への先駆的決意性』を持つことだとハイデガーは主張しています。
つまりやがて必ず来る自分の死に対して
予め覚悟してそれに対して責任をもって生きていく。
これが『死への先駆的決意性』になります。
これによって本来の自己を回復することができるとハイデガーは主張しました。

どうしてそんな話になるのでしょう?
自分にとって『真に固有のもの』というのは
自分の死しかないとハイデガーは主張しました。
つまりやがて必ず自分は死んでいくということ。
他人が代わりに死んでもらうことはできません。
それはただ単に人が死んだだけの話ですよね。

自分の死というものが
自分にとって真に固有のものだということです。
他のものはほとんど取り換えが可能なものです。
だからそういう自分にとって真に固有なもの、
これを先取りしてそれに対してある一定の責任と覚悟を持って生きることによって
本来の自己を回復させることができるとハイデガーは主張しました。

ちなみにハイデガーはナチスに協力していたために
戦後は教壇を追われたということがあります。
これ、公務員試験でたまに聞かれたりします。
なので行政書士試験でも出題されるかもしれませんので
できたらおさえておいた方がよいかもしれません。

今回の記事は以上になります。