一般知識

マッキーヴァーのコミュニティとアソシエーションとは?

マッキーヴァー コミュニティ アソシエーション




現在生きている私たちでもコミュニティとかアソシエーションという単語を
日常生活で使うことがありますね。

とか、

といった感じで、普通にコミュニティとかアソシエーションという用語が使われています。

ただ、私たちが生まれるずっとずっと前から
コミュニティとかアソシエーションという言葉は使われていました。
そして、有名な社会学者がコミュニティとかアソシエーションの意味について
研究していたのです。

今回の記事ではロバートマッキーヴァーが考えるコミュニティとアソシエーションについて
わかりやすく解説していきます。

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ロバートマッキーヴァーのコミュニティーとアソシエーション

マッキーヴァーが主張するコミュニティとは特定の場所で
複数の人が生活することによって同じ感情ができて
共通の特徴が認められることです。

アソシエーションとはコミュニティーのうえに成り立つ、
特定の目的のために集まった集団のことです。

という定義の話をすると「???」となってしまうと思うので
もう少しわかりやすく例を挙げながら解説していきたいと思います。

マッキーヴァーの

・コミュニティー
・アソシエーション

は全体か部分か、包括的か一部なのか?の対比になっています。

コミュニティーは

・全体
・包括的

であるのに対して

アソシエーションは

・部分
・一部

です。

コミュニティーというのはその中で一通り生活が完結するような包括的な集団、共同体のことです。
これに対してアソシエーションというのはコミュニティーがあることが前提で、
コミュニティーの内部で一つの機能だけを果たすような器官として成り立っていることです。

たとえば人間の内臓を器官といったりします。
内臓の一つに心臓があります。

生きた人から腎臓だけを取り出して何も処置しないとすぐに死滅します。
血液も流れてきませんからね。

腎臓は体の中にあるから意味があるのであって
体から取り出したら意味がありません。

これと同様にだれも住んでいないような無人島に
政党組織や学校を作っても意味がありません。

そこに人が住んでいる、共同体が営まれていることが前提で
その中で特定の機能を果たすものとして学校や政党があったりするわけです。

だから位置づけとしてはアソシエーションというのは
コミュニティーの中のほんの一部にすぎません。

まず全体としてのコミュニティーがあって
その内部で一部の機能を果たすものとしてアソシエーションがあるという関係です。
全体と部分、包括的なのか一部なのか?という対比になっていますね。

ちなみにロバートパークさんは人間生態学で有名ですが
彼がいうコミュニティの定義は独特なので注意が必要です。
こちらで詳しく解説しています。
ロバートパークが研究した人間生態学とは?わかりやすく解説

では問題です。
家族はコミュニティーですか?アソシエーションですか?

答えはアソシエーションになります。
マッキーヴァーにとっての家族は核家族を指します。

核家族の中だけでは生活が完結しません。
だから核家族というのは共同体の中で特定の機能を果たすものという位置づけになります。

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マッキーヴァーによる国民社会と国家機構

一口に国といっても2つの意味合いで使われることがあるわけです。
たとえば年金問題が起こった時に「国は何をやってるんだ!」
と感情的になることがありますね。
誰だってあると思います。

このときの国は『政府』を指しています。
つまり、日本を運営している、管理している団体のことを指して国といっているわけですね。

ですが、日本文化について語っているとき、
たとえば、こちら

ここで使われている日本文化の日本という国は政府でなくて
共同体としての日本社会を指しているわけです。

こんな感じで国と言っても国民社会を指すときと
国を管理している国家機構(政府)を指していることがあります。

このうち

・国民社会はコミュニティ
・政府・国家機構はアソシエーション

に該当します。

所詮、マッキーヴァーにとって政府はたんなる特定機能を果たしているだけ、
国民社会の中で管理人としての機能を果たしているだけという位置づけです。

他にもいろんなアソシエーションがあって
それぞれ役割分担をしていますよという位置づけになっています。