今回の記事ではプロタゴラスの『人間は万物の尺度である』には
どんな意味があるのか、わかりやすく解説します。
ソフィストとは?
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プロタゴラスのことを説明する前提知識となる
ソフィストについて先に解説します。
ソフィストというのは人名ではありません。
一般名になります。
ソフィストとは『知恵のある人』のことです。
ソフィストってどんなことをやっていた人なのでしょう?
一般市民に弁論術を教えていました。
うまい話し方というものを市民に教えてそれでお金をもらって生活していたのがソフィストです。
ソフィストは紀元前6世紀から紀元前5世紀にかけてギリシャで存在していました。
当時のギリシャ社会というのは奴隷制をベースとした民主的な社会でした。
そんな社会で権力を握るためには口がうまくないといけません。
民主的ですからね。今の日本の民主的とは違うでしょうけど、
民主的というからにはみんなから選ばれる存在でないといけないわけですね。
となると口がうまくないといけないのはなんとなくわかっていただけるでしょう。
とにかく、当時のギリシャではうまく話すことで
相手を自分の味方につけたり、相手を説得する技術が必要だったので
ソフィストという職業が必要不可欠だったのです。
で、ソフィストの代表選手として今回の記事で解説するプロタゴラスさんがいます。
プロタゴラスの『人間は万物の尺度である』の意味
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ソフィストの代表選手であるプロタゴラスさんですが、
プロタゴラスさんは紀元前500年ころから紀元前430年ころまで活動していた方です。
プロタゴラスさんは『人間は万物の尺度である』といいました。
どういう意味でしょう?
『人間は万物の尺度である』とは『人によって正しいことは違う』ということです。
言い換えると、自分にとって正しいことというのは他人にとって正しいとは限らないという意味です。
人によって正しいことは違ってくるということです。
つまり、人間が尺度であるから、人が変われば尺度が変わってしまうので
正しいことも変わってきてしまうというのがプロタゴラスの主張になります。
言っていることは絶対的な価値基準はないという立場です。
なので、プロタゴラスさんを『相対主義』といったりします。
相対的というのはAさんが数学のテストが80店でBさんが90点だったら
90点の方が上だという感じですね。
何かと何かを比べてどちらが上とか下とかいう考え方です。
逆に絶対主義は行政書士試験みたいに正答率が60%なら絶対に合格するみたいな話です。
自分がミスしなければ、敵が何点取ろうと合格するというのが絶対主義です。
絶対主義は明らかに敵は自分ですが、相対主義は敵は自分以外となりますね。
以上で解説を終わります。