今回はウェーバーの理解社会学について解説します。
最後まで読むのが面倒くさいという方、
最初に結論を書いておきますね。
ウェーバーの理解社会学とは社会学を
社会的行為を解釈し理解することによって、
その社会的行為のプロセス及び結果を因果的に説明する科学をいいます。
理解するというところがキーポイントです。
「なんのことかわからない!」
という方のために、以下具体例を挙げながら
ウェーバーの理解社会学について解説していきますね。
ウェーバーの理解社会学とは?
ジンメルの方法論を受け継ぐ形で
ウェーバーさんの社会学についての考え方は発展していきました。
⇒ジンメルの形式社会学をわかりやすく説明
ジンメルとウェーバーな仲良しでしたから。
ジンメルはユダヤ人だったということもあってか
生涯、ベルリン大学の非常勤講師扱いで
著名だったわりには冷遇されたところもありました。
そんなこともあってか
仲良しだったウェーバーさんはジンメルさんの業績を
受け継ごうとしたんです。
社会科学というのは実証主義的な精神で科学的に
誰が見ても同じようにとらえることができます。
たとえば水は誰が見てもH2Oの化学式で表すことができます。
人によって酸素の量が多くなったり、
水素の量が多くなったりみたいなことはありません。
そういった意味で社会科学というのは客観的な学問です。
ただ、社会科学には自然科学ほどの厳密性はありません。
その意味では社会科学というのは自然科学より劣っているといえますが
一方社会科学には自然科学にはない優位性もあるんです。
そのことを研究の対象そのものにウェーバーさんはしたのです。
自然科学的にいくらイモリを観察してもイモリの気持ちはわかりません。
自然科学はイモリの気持ちなんて考えませんから。
だけど、社会科学のいいところは同じ人間を理解しようとします。
同じ人間だからこそ、相手の気持ちに対する誤解もあり得ますが、
読み取ることもできるわけです。
相手の意図を読み解いて理解することができる
というところからウェーバーさんは理解社会学としました。
たとえば、女性が「こっちおいで!」という行為を
自然科学的にみたら、単純な手の動きです。
筋肉の収縮運動によって手や指が動いているとしかいえません。
それがいったいどういう意味で手を動かしているのか?
主観的な形で想像するしかありません。
主観的な形で想像することをやるのが社会科学です。
もちろん、主観的な話ですから間違った解釈ということもあるでしょう。
たとえば、「あの美女、僕のことを呼んでいるのかな?」
と期待して女性のもとにダッシュで走っていったら、
「違いますよ!タクシーを呼んでただけです!」
みたいなミスリードもあるでしょう。
こんな感じのミスリードも含めて
相手が何を考えて行動したのか?読み解くことができるのが
社会科学のメリットです。
自然科学の場合は客観的にだれが見ても聞いても
同じ答えになるもの(気温とか体温とか、身長、心拍数とか)は
検討できます。
でも自然科学は主観(人によって答えの異なるもの、心の中)面までは
扱いません。
他にもイモリを観察するにしても
色とか大きさとか重さみたいな客観面は自然科学で扱えても
イモリの心の中を読み解いたりできません。
でも、社会科学では心の中などの主観面を理解しようと
やっていきます。
この理解がウェーバーがいうところの理解社会学です。
ウェーバーの理解社会学まとめ
自然科学は客観面を理論立てて説明できます。
でも社会科学の場合には理論立てた説明はできますけど
主観面(心の中など)を取り扱うため、100%完璧に
理論立てて説明することは難しいでしょう。
でも、主観的な部分も理論立てて理解しようと
ウェーバーさんは頑張ったわけです。
こんな感じで社会科学的な心の中まで含めたような主観面を
理解しようというのが理解社会学です。
最後にまとめますと
ウェーバーの理解社会学とは社会学を
社会的行為を解釈し理解することによって、
その社会的行為のプロセス及び結果を因果的に説明する科学をいいます。
理解するというところがキーポイントです。
ところで、ウェーバーさんの考え方は後にギデンズさんによって改良されて行きます。
詳しくはこちらをご覧ください。
⇒社会学で有名なギデンズについてわかりやすく解説